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東京高等裁判所 昭和23年(わ)57号 判決

上告人 被告人 樋口鶴作 外六名

弁護人 出塚助衛 上村進

檢察官 酒井正己関與

主文

本件上告はいずれもこれを棄却する。

理由

本件上告の趣意は末尾に添附してある弁護人上村進作成名義の上告趣意同出塚助衛作成名義の上告趣意書と各題する書面記載の通りである。これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

弁護人上村進上告趣意書第一點に対する判断

労働組合法第一條には

本法ハ団結権ノ保障及団体交渉権ノ保護助成ニ依リ労働者ノ地位ノ向上ヲ図リ経済ノ興隆ニ寄與スルコトヲ目的トス

刑法第三十五條ノ規定ハ労働組合ノ團体交渉其ノ他ノ行爲ニシテ前項ニ掲グル目的ヲ達成スル爲爲シタル正当ナルモノニ付適用アルモノトス

と定められて居るがその第二項の意味は労働組合の団体交渉その他の爭議行爲は第一項の目的達成の爲に爲されたもので且つ正当なもの即ち目的も正当であると同時にその手段も又正当である限りこれを処罰しないという趣旨である。而して何が正当な目的であるかについては右第一條第一項や同法第二條により容易に推知し得るのであるが、何が正当なる手段であるかについては抽象的に「正当ナルモノ」と規定するのみで具体的に例示することを避けて居るから畢竟社会通念に照して個々の事案について檢討する外はないのである。而して社会通念として大体の標準を示すならば労働組合の団結権団体交渉権及爭議権が認められた結果当然の帰結として規定せられる様な行爲は罪とならない。例えば同盟罷業を背景にして団体交渉を爲し有利な労働條件を勝ち得てもそれのみで直に脅迫罪に問われたり恐喝罪に擬せられたりすることはない。又同盟罷業の爲に業務が妨害せられてもそれのみで直に業務妨害罪として罰せられるようなことはない。しかしながら爭議行爲は如何に正当な目的のためになされる場合でも民主的文化國家の理念に反するような行爲は爭議行爲としても許さるべきでない。從つて如何なる場合においても暴力を使用して人を傷け建物機械器具を破壞するが如き行爲は勿論自己の主張を貫徹する爲に暴力に訴え又は不当の威力を行使することは許されないことである。

原判決の確定した事實は

被告人等はいづれも新潟市関屋所在の各種ワクチン、ヂフテリヤ血清等予防医藥製造を事業目的とする東京芝浦電氣株式会社生物理化学研究所新潟支所に工員として勤務し昭和二十一年五月一日同支所の從業員を以て組織する労働組合法に依る労働組合たる東京芝浦電気株式会社生物理化学研究所從業員組合が結成せられてよりその組合員となつたものであるが、同組合はその所属する東芝労働組合関東聯合会の指令に基き同年九月末頃臨時大会開催の結果、その頃馘首反対待遇改善等の要求項目を掲げ全国的に展開せられていた東芝労働爭議に呼應してこれに参加することとなり同年十月一日より罷業態勢にうつつたところ、同月十一日頃同組合員の中から当時問題となつていた右新潟支所の工場移轉により従業員の大部分が職を失うことを憂えて先ずこの問題を解決すべきであるとし、又罷業による生産低下の結果資材配給を減少せられ惹て同支所の死活に関する虞ありとして組合の罷業に反対を唱うる者七十数名が分裂したので同月十四日遂にこれ等罷業反対派を組合より除名するに至り、その後右罷業反対派は屡々会社の業務に従事し罷業決行派はこれを制止せんとして互に反目抗爭を続けて來たところ

第一、罷業決行派に屬する被告人金沢末司は

右罷業反対派の操業を不能ならしめるため同年十月二十三日頃及び同年十一月二日の二回にわたり前記会社の意に反して同支所本館西南方約五十米の地上に設置してある変圧器(五十キロワット二個)取付のトランスフューズ三個の内一個を取外して合計約八日間会社への電氣の供給を遮断してその使用を不能ならしめ以て威力を用いて前記会社の予防医藥製造の業務を妨害し

第二、同じく罷業決行派に屬する被告人樋口鶴作、同上杉四代司、同舟山俊逸、同廣橋龜太郎、同鈴木三郎及び同中山鉄三郎は同年十一月六日午後二時半頃罷業反対派の者約三十名が同支所培地室において硝子器の綿栓、洗滌の作業に從事していることを知るや前記爭議目的達成の爲にはこれを制止し作業場外に退去せしめる外はないと考え、直ちに他の罷業決行派の者二十数名と共に右培地室に赴き作業中の罷業反対派の者に作業の中止を勧告し、室外へ退去を求めたがこれに應じようとしないので、共同して矢庭に作業中の罷業反対派の武子鮮太郎、津惠晴吉等を抱上げて室外に押出し又は押倒す等の暴行を加えて同人等の前記作業の継続を不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の右会社業務の執行を妨害した。

というのであるから被告人等の右判示行爲は社会通念上爭議行爲の正当なる範囲を逸脱したものと認めるのが相当である。從つて原判決が被告人等に対し原判示法條を適用處断したのは正当である。

論旨は被告人等の行爲は爭議かストライキという形態で行われる場合には通常起り得るところのもので多少の行き過ぎか爭議中の或労働者の行動にあつたとしてもこれを罪としないというのが労働組合法第一條第二項の趣旨であると主張するが同法はむしろ団結権、団体交渉権、爭議権等が認められた結果爭議行爲としてならば如何なることをしてもかまわないというような行き過ぎた考えに対する注意規定し――勿論同時に從來労働爭議を白眼視し來つたものに対する戒告でもあるが――ともいうべきものである、原判決には労働組合法を無視したとか延いて憲法上認められた労働権爭議権を無視したとか謂う違法はない又被告人等が組合の大会の決議に基いて本件行爲をしたとしてもその違法性を阻却することがないのは勿論である、なお爭議行爲として已むを得ざる正当行爲で罪とはならないと信じて行つたとしてもそれは法律の錯誤で犯意を阻却しない論旨は理由がない。

同趣旨書第二點及び第三點に対する判断

論旨は労働爭議と爭議行爲とを区別して右労働組合法第一條第二項は前者に適用あり後者に適用がない蓋し爭議行爲が正当な場合には刑法第三十五條を適用するまでもなく正当であるから之れに同條を適用するは意味がない即ち正当なる労働爭議中に爲された爭議行爲は本來違法でも刑法第三十五條の適用によつて正当性を取得し罪とならない趣旨である而して同組合法第一條第一項の労働者の地位の向上を図る爲になされた労働爭議は正当な労働爭議であるというのであるが、労働関係調整法第六條には労働爭議の定義として

この法律において労働爭議とは労働関係の当事者間において、労働関係に関する主張が一致しないで、そのために爭議行爲が発生している状態又は発生する虞がある状態をいう、

とあり労働爭議は一つの状態をいうので行爲を意味するのでないからこれに行爲の違法性阻却に関する刑法第三十五條の適用があるというのは首肯し難いところであるのみならず所論正当なる労働爭議とは正当なる目的を以てなされた爭議をいうのであるから所論は帰するところ目的は手段を正当化するという主張となりあたかも右組合法第一條第二項の警告するところのものである、同條項は目的の正当性と共に手段の正当性をも要求しておるものであることは論旨第一点に対する判断において説示した通りである、更に附言すれば正当な爭議行爲は刑法第三十五條を適用するまでもなく正当性を有するからこれに同法條を適用するというのは無意味である、労働組合法第一條第二項は労働爭議が正当であればすべての爭議行爲に正当性を具有させる意味であるという所論は一應尤ものようであるが爭議行爲は元來業務の正常な運営を阻害させる性質のものであるからあらゆる爭議行爲は違法であると主張する者があると同時に反対に同法第一項の目的を以てなされる爭議行爲はすべて正当であると主張する者があるので同法第二項は第一項の目的達成のためなした爭議行爲で正当なものである限りにおいて刑法第三十五條を適用する旨現定したのである、つまり反動的な考え方や行き過ぎの考え方に対する一大警鐘なのである。故に労働関係調整法第七條の爭議行爲がその手段方法において正当性の範囲を逸脱すれば仮令その目的は正当であるとせられても違法たるを免れないのである。かく解しても憲法に與えられた労働者の爭議権を侵害する結果とはならぬ論旨は理由がない。

弁護人出塚助衛上告趣意書に対する判断

憲法及び労働組合法によつて労働者の団結権、団体交渉権及び爭議権が認められ從來犯罪とせられた行爲でも右権利の当然の帰結と認められる行爲は同組合法第一條第二項により刑法第三十五條の適用の結果罪とならなくなつたが爭議行爲等はそれ自体において望ましいものでないからその目的においても手段においても正当なるものであることが要求せられ如何なる場合でも暴力に訴え不当の威力を行使して自己の主張を貫徹することは許されないものであることは弁護人上村進上告趣意書第一点に対する判断で説示したところを参観せられ度い、而してこのことは所謂ピケツチングについても同様であつて罷業に参加しない者があつた場合にこれを看視し(看視の場所については暫く論外とする)相手方の道義心に訴えてその非をさとらせるとか又言葉を以て説得し罷業に従わない者の自由意思によつて罷業に参加させるとかあることは許さるべきことであるが暴力によつて仕事に従事して居る者を職場外に引出したり又設備を取外して仕事が出來なくなるようにすることは許されない、原判決の確定した被告人等の犯罪行爲は前に掲記した通りであつていずれも爭議行爲の正当なる範囲を逸脱し違法たることを免れない、又ピケツチングを廣範囲に行つてもよいと考えてしたとしてもそれは法律の錯誤である、なお記録を調査しても原審の審理に不盡の廉がない、而して被告人金沢末司かトランスヒユーズを取り外して会社への電氣の供給を遮断しその使用を不能ならしめた行爲は電氣事業法第三十三條第一項の「其ノ他ノ方法ヲ以テ電氣ノ供給又ハ使用ヲ妨害シタ」と謂うに該当するから同法に問擬せられるのは止むを得ない。

要するに原審判決には所論のような労働組合法を無視して違法の判断をしたとか審理を盡さないとか電氣事業法の解釋を誤つたとか謂う違法はない、論旨はいずれも理由がない。

以上説明した理由によつて本件上告はいずれも理由なきものとして刑事訴訟法第四百四十六條の規定によつて主文の如く判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 細谷啓次郎)

弁護人上村進上告趣意書

第一点本件被告等の行爲が何れも労働爭議中に爲され其の爭議に勝たんが爲めに実行せられたものであること、各被告等が何れも自分勝手に爲したるものでなく凡て組合の大会の決議に基いて行動したものであること及各被告共に自己の実行した行爲が爭議行爲として止むを得ざる正当の行爲であつて罪とならないものであると信じて行つたものであることは各被告の供述及證人の其の点に関する供述によつて明かな処であります。

本件被告等の爲した具体的の爭議行爲なるものがストライキ破りの阻止であつて其れに依つて組合のストライキを完全に遂行し爭議の目的貫徹を計つた爭議権の行使であり爭議がストライキという形態で行われる場合には通常起り得る処の爭議行爲であつて如斯多少の行き過ぎが爭議中の或る労働者の行爲にあつた場合之れを罪としないとするのが労働組合法第一條第二項の趣旨であるから之れに適合した被告人等の行爲を罰した原審判決は労働組合法を無視し延いて憲法上認められた労働権、労働者の団体行動を爲す権利即ち爭議権を無視した判決であつて当然破毀されねばならぬ。

第二点労働組合法は労働者が労働組合を組織し労働爭議が開始された場合には例外なく適用さる可き法律であつて爭議中に発生した労働者の犯罪的行爲は刑法各本條の適用を受ける前に先づ此労働組合法の適用がなければならぬのである。

而して此労働組合法第一條第二項は爭議行爲に対しては全面的に刑法第三十五條を適用し「正当の業務に因り爲したる行爲」として罰せずと現定して居る。此労働組合法第一條第三項の解釋については先ず」正当なるものに付適用あるものとす」とある「正当なるもの一とは何が正当なるものに該当するかを究明するの必要がある。詳言すれば爭議行爲其のものの正当性を要求するのか、それとも労働爭議其れ自体に付いての正当性を要求しているのか一見明瞭を欠いて居る感があるけれども之れを愼重に読み下す時は第二項には明規してある通り「前項に掲ぐる目的を達成する爲爲したる正当なるもの」に付適用あるものとすの文句に徴して考うる時には此前項に掲ぐる目的を達成する爲爲したる正当なるものとは前項即ち第一項の「労働者の地位の向上を図り」に該当するものであつて結局に於て労働爭議それ自体を意味するものでありて決して爭議行爲其ものを意味するものでないことは明かな処である。何となれば刑法第三十五條は爭議行爲にして正当なるものに付適用あるものとすと解釈するならば意味を爲さない。爭議行爲が正当な行爲であるならば刑法第三十五條を適用する迄もなく本來罪とならないのであるから刑法第三十五條の違法阻却の規定を適用するということはとりもなおさず爭議行爲(爭議行爲中の個々の行爲)が違法であつた場合に其の効用を発揮するのであり約言すれば爭議行爲の或るものが刑法各本條の規定に触れて居ること即ち普通の場合であれば当然罪となる可き行爲が前提とならなければならぬのである。之れを換言すれば普通の場合には脅迫行爲は罪となるが爭議行爲として爲された場合は本項の適用により刑法第三十五條を適用して罪とならないのである。

而して此刑法第三十五條の適用を受ける爭議行爲は前項の目的を達成する爲めに爲される正当の労働爭議中に行われねばならぬのである。約言すれば正当なる労働爭議中に爲された違法の爭議行爲(個々の行爲)が刑法第三十五條の適用に依つて正当なる業務の行爲となつて罪とならなくなるのである。

第三点以上の理由で正当性を要求されるものは労働爭議其ものであつて爭議行爲其れ自身では絶対にない原審判決が本件事件の被告等の行爲が爭議行爲として行われたものであり被告人等の行爲は本來は罪となるべき行爲であることは爭いはない、それが正当なる労働爭議即ち当時の賃銀と被告等の生活事情とインフレ昂進中の経済事情から被告等の所屬する労働組合が賃銀値上の要求を爲しそれを会社側で拒絶して居た爲めストライキを決行した爭議は止むを得ない労働爭議であつて正当なる爭議である。

此の正当なる労働爭議中に被告等は組合大会の決議に基き会社側の労働組合員が此ストライキを破リ仕事場に出て仕事を継続せんとしつつあつたのを中止せしめんとして本件行爲を行つたことは正に爭議に勝つ爲めに爲した行爲でこれこそ労働組合法第一條第二項の適用を受けるべき典型的行爲と云わねばならぬ。

労働爭議中の行爲が少しでも法律に触れるならば直ちに處罰するということであるならば労働組合法第一條を全然無視することになり憲法上與えられた労働者の爭議権は侵害される結果となりて違法も甚しいものとなる。而して刑法第三十五條の適用を受けるべき行爲(違法性)はそれが社会的妥当性から見て其の爭議に勝たんが爲めには其行爲が必要であつたと見らるる場合には刑法各本條の行爲には全部適用される可きである。本件被告中の金沢が電氣事業法違反を犯すことも亦ストライキを完遂する爲めに必要であつた以上他の被告等がストライキ破りの者を掴み出そうとした暴行と何等軽重はないのである。労働爭議が何であるかは労働関係調整法第六條に規定してあり、爭議行爲が何であるかは同法第七條に明規してある。而して労働組合法第一條第二項に所謂「正当なるもの」とは前記第七條を指すものではなく第六條の労働爭議の「正当なること」を要求して居ることを明記せねばならぬ。

弁護人出塚助衛上告趣意書

第一点原審は被告等の行爲を業務妨害暴力行爲等処罰に関する法律違反並びに電氣事業法違反ありとして審判したり。

上告人等の爭う処は前審の見る処が果して労働組合法に牴触せざるか否かにある。

元來労働組合法に罷業権を認められた以上は普通常識から見れば法律違反行爲が行わるる事が当然である事は別に論ずる迄の事ではない。

本件で組合内に反対派が出來て夫れが会社側に付いて仕事を遣つて行くと云う事になつて組合が之を黙つて見て居なければならぬと云うならばストライキは無論成立たぬ事となる。

何となれば之を認めるなら会社はどんどん他の職工を入れて來て組合側に対抗してもよい事となり罷業は成立す可きものではなくなる。

只此処にピケツチングを何処まで認めるかの問題はあろうがピケツチングの度が少々位過ぎたと云うて此処に業務妨害ありとは全く労働組合法を無視したものと云わねばならない。原審判断に違法あり破棄を免れないと思う。

第二点最近の解釈によればピケツチングは職場機関の門の附近に限らる様な事の意見も聞かれるが本件勃発当時はかかる解釈は執られておられなかつた。被告等も亦ピケツチングを広範に行つてよいものであると解釈しておつたので職場でピケツチングを行つたのである。之が暴力行爲等処罰に関する法律違反と云わるるならば法律とは特に労働組合法とは何が何やらさつ張り分らぬ事となる此点につき判示せない原審判断は審理に盡さざるところありと云わねばならぬ。

第三点上告人金沢末司にかかる電氣事業法違反については金沢末司がトランスの取手付のヒューズを取り外した丈で電氣事業法違反とは何としても見る事は出來ぬと思う。別に線を取外したり取替改変した訳ではなし、自分の職務の範囲内でヒューズを取外す事は電氣係として当り前の仕事をした丈の事である。此れが会社の業務妨害となるならぬは別問題で(此れもピケツチングの範囲内なる事は第二点に述べた主旨と同一である)電気事業法違反では決してない。此点につき原審は法の誤解ありと信ずる。

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